普通二輪免許(平成10年取得、山梨県内の教習所)

大型免許の章で書いたが、この頃の自分は一台のオンボロジムニーを相棒に、夏は野菜畑、冬は白馬のバス会社で働き暮らす生活を送っていた。

脱、長野!

そんな長野県をぐるぐる回る暮らしも2年目で飽きが来た様な5月、白馬のバス運転手のお宅にお邪魔してご飯を頂いてた時、”この間、小笠原の養殖場で働く若者ってのをNHKでやってたで、でや!次は小笠原行ってみんか?”と・・ずいぶん勝手なことを言われた。全く冗談じゃないとは思ったが、自分でも”小笠原”の名前は知っているがどんな所か何人位暮らしているか見たくなった。

”いいですね〜”と軽く答えたら、その夫婦、いきなり104で小笠原の漁協の番号を調べ出した。そして今日が日曜日なのを知ってか知らずか04998から始まる父島へ電話!行動が早い早い。ぽかんと口が開いてしまった私が止めようとすると”聞くだけや!きくだけ”。まぁ、確かに聞くだけはタダだがな・・・

小笠原へ電話?

傍らでは遥か遠くの未知の島に電話を繋げている。行く気持ちは固まってないのに何故か求人の有無に意識を奪われてしまった。

電話は日曜日であったにも関わらずどうやら一発で担当者に繋がった様、何でも春の採用は終わったらしい。
11月にまたバイトを取るかもしれないので、また電話を下さい。との結果。小笠原行きがわけも分からず決まる!瞬間に気分は高揚していたが、何だか残念だった。
小笠原行き切符が目の前に出され、急に引っ込められた気分で、キモチの中ではもう後に退けなくなってしまった。秋には小笠原に行こう!と決意。秋まで高原野菜農家で働く事に。11月を出発月を決め計画をたてはじめる。

船はどうやら25時間!かかるらしい。不精な私は現地で乗り物が無くてはイヤなので、何を持っていけるか考えた。25時間車を乗せて運賃が幾らになるか、また島で維持できるか、車が走れ置く所が有るのか・・?と考えたら、車を持っていくことは賢くない選択だ。じゃ、バイクだ。バイクなら運賃もそれなりだろうし、置くところも特に要らない。

以前から二輪免許にはほんの少しだけ興味があったが、車で買い物に行き車で旅をしている今、雨風の中バイクに乗る姿や、玄関横にバイクが置いて事などはちょっと想像がつかなかった。今回の渡航のために免許から用意を始める位なので、乗り物歴の中でバイクは完全に道具として導入することになった。

秋まで免許を取って中古バイクを買って、農家のバイトが終わる10月に鳥取に帰って、夢の大型二種受験に根気よく通うかな・・・と小笠原への大体の道筋は立った。ただ、秋に求人があるかどうかは知らないが・・・

秋までの仕事

農家のバイトも昨年と同じ家に電話すると、”もっと早く電話してくれりゃよかったに、今年はバイトさん取らず作付を減らそうかと思ってたんど、おいと(あんた)きてくれるならめった(たくさん)作るだわ”とシーズン前の私のいきなりの電話に少し困りながらも歓迎してくれた。本来ならば5月頃にはバイトのメドは立てておくものらしい。秋までの仕事確て〜い!シーズンまで少し時間が有ったので”大特”の章に書いたように早めに住み込ませてもらい、大型特殊免許を取得。


次なる目標の普通二輪も忘れてはいなかった。長野県、山梨県のタウンページをめくり、通えそうな教習所に片っ端から電話をし、資料を送ってもらった。ついでに大型二種が取れそうな所も後学のために取り寄せた。

教習所へ行ってみた

農家のご主人に、今年二度目の教習所通いを了承してもらい、学校選定。甲府市、佐久市周辺の教習所が軒並み9万円近い教習料を取る中、農家から車で一時間弱の山梨県の片田舎に7万5千円を提示するN教習所を発見。
たまたま雨天で仕事が昼から休みになり、申し込みに行ってみる。N教習所は場所が若干分かりづらかったが、何とか発見。合宿施設を併せ持つ比較的小さな学校だった。

普通二輪の教習は教習は普免が有って17時限?だったか。最短でおよそ10日。生徒が少ないのか、混み合う夏休みの一歩手前だった為か一日2時間の教習が入れられる状況。

その時、偶然にも二輪教習を申し込み手続きをしていた兄さんがいた。近くの工場に勤める人の良さそうな兄さんで家庭持ちの為、取得資金を苦慮したらしい。それでもよくお茶なんかをオゴッてもらったっけか。
二人とも予約帳を見ながら、どうやら最短日で卒業したい模様、全く同じ教程、時間で進めることで合意。

仕事との兼ね合い
7月の上旬は収穫は始まってはいたが、まだまだ余裕がある頃だったので、昼休み(2時間)に入る12時に農家を出発、13時から2時限教習を受け16時に戻り仕事を再開、教習中1日あたり2時間の仕事抜けを補う為、7月の1ヶ月間は朝の出勤を1時間早め、毎朝4時には畑に出た。もっとも雇い主である農家の旦那さんには先が長いのに体を壊されても困ることからの配慮であろうか早出はいいよと言われてたが。

教習開始
記念すべき?一時限目、ホームセンターで買ったメットに軍手、農業用の白い長靴で教習開始〜。
まずは車庫から出す所から・・?車種はVFR400K。出発点まで押し出して、エンジン始動! 教官曰く”乗れるよな”の一言で外周開始ぐーるぐる。エエのか?

やっぱり400cc、原付とは違う。重いし、アクセルを開ければググッと前に出る。しかしこのバイク乗りにくい・・というより教習車としての寿命が近いらしく、アクセル、クラッチの操作が一癖も二癖もある。低速ではガシガシと音がし一定の速度で走りづらい。相方(もう一人の教習生)のもう一台と交換して乗ってみたがまた別なクセが。
教官も分かっているらしく、何とか慣れてくれという感じだった。
新しいバイクを買ってくれとも言えず、とりあえずこれでガンバる事に。

とりあえず乗れる感のいい?我々は発進、停車の作法を教わり2時限目、バイクに乗る教官から”後ろに付いて来て”と言われ、いきなりクランク、S字、スラローム。全く初めてだったが、難なく通過。一本橋(7秒以上通過)もついでに実施。これも特に難しいと感じなかった。後に受ける大自二の受験の際にはおじけ付いてしまったが・・・

その後、指定速度へ加速、坂道、急制動も一回目から問題なくクリア、卒業検定に向け規定のコースに法規走行を併せて走行練習の日々。

暑い最中の教習の間、天気が崩れることもなく教程も順調に進んだ。半そでYシャツに原付ノーヘルで指導に追っかけてくる教官や、我々をコースに回して発着点でタバコを吸いながら監督指導して頂いたセンセイもいて、大変楽しかった。

クセ有りバイク
バイクがガシガシいいながら加速したりとクセがある為、一時限目から最後まで2台のバイクを同じ号車にしてもらった。卒業検定も教習を共にした慣れたバイクで受験出来るようにお願いして了承をもらう。

卒研
卒検は一本橋も急制動も問題なく通過。車を降りて結果発表を待っていると、白髪のおじさんがジュースを買ってくれた。近くで名札を見るとどうやら校長…。いや〜、みんなイイ人だ。

結果は合格!教習と農作業のキツキツの生活からようやく開放され、仕事に身を入れることができる〜ずいぶんほっとしたものだ。

免許の作成は、大特の卒業証書と共に佐久の警察署に提出、待つこと数週間、卒業証書に付いた写真のカオで免許が出来てきた。割り印の柄が入ってて白黒だった・・。


バイクを手にいれよう
渡航準備の次の段階はバイクの入手。ハイシーズンに入り、外出の暇も無い中で中古バイク誌を何冊か買い込み市場調査を図る。以前友達のヤマハTT−Rに乗らせてもらったことがあってとても乗り易く乗車姿勢も良かったのでオフ車が欲しかった。いいタマが無かったらバンデッド250がいいかなとも考えていた。

オフ車雑誌も買い込んでいたので、売ります買いますコーナーにTT−Rを25万位で2ヶ月先の買取引渡しを希望して出稿。
暫くして、勤め先の農家に2通の葉書が到着。一通は岐阜からTT−R、もう一通は栃木からTT−R Raidを売ってくださる方から写真付きで届けられた。ホンネはRaidが欲しかったので、程度もよい栃木の方に即連絡。岐阜の方には郵便代の切手を封入しお断りのお返事を入れる。
栃木の方は、快く対応してくださり、また栃木から近くの佐久インターまで持ってきてくれると言う。毎日忙しいので引き取りもままならない状況で何と、渡りに船か!
農家の2トントラックを借り、引き取りに。佐久インター前のおぎのやで待ち合わせ。栃木からハイエースでバイクを積んで来てくれた兄さんはとてもよい人だった。バイクも綺麗で一発で気に入った。
トラックに積む際にと持っていったボロイ渡し板で、するすると荷台に揚げて貰い、ロープで固定までしてくれた。
釜飯を売る店内の休憩コーナーでお茶を飲みながら取引、名変用の印鑑も預かる。帰り際には釜飯を買って持たせてくれた。ありがとうございます。

農家に帰って、とりあえず置き所は納屋を借りる。
さて、長々と書いているが次は受け入れ先だ。

雇用してもらえるのか?
前述のとおり、11月と聞いていたので、早め早めに段取りを取る為1ヶ月位前、10月の2日に勇気を出して初めての小笠原電話。前回聞いた担当者に繋げてもらい採用の有無を尋ねると、”9日の船で来れるか?来れるなら即決、次の船なら確約は出来ないな”と申された。農家の仕事はおよそ10日くらいまで有ったのだが、電話口で数秒悩んだ結果、今しかないと思い、行きます!と返事。それで採用!小笠原行き決定!!

決定!事後承諾・・・・

…後ほど農家のご家族と相談。事後承諾になってしまったが、前々から小笠原の話はしていたのだが、ご理解のある旦那さんだったので早期退職を快諾して頂いた。

鳥取へ一度帰る

3日にバイクを農家を預けたまま、ナンバープレートと書類を持って実家のある鳥取に。全部下道で一日で帰った様な気が。名変も何とか自力で済ませ、小笠原海運にバイクの料金と持ち込み場所を尋ねておく。

鳥取で名義変更を済ませ、7日夜、大阪より夜行列車で長野県へ。高原野菜の農家には電車の接続が悪いので、白馬から例の運転手が農家まで片道3時間送ってくれる事に。再び農家に戻り、納屋のバイクを引っ張り出し新しいナンバーを取り付ける。農家のご家族に丁重に例を述べ、東京に出発。明日の朝には小笠原行きの船の上なのだ・・・
初ツーリングは東京・・・
天気は晴れ、雨の用意は貧弱だったのでとても助かった。免許取立てなのに、甲州街道で東京を目指す。
甲府、大月を過ぎ、相模湖。楽しいツーリング気分、しかし、都内に入ると車が増え車線が増えてくる。これは初心者には辛い。しかし、バイク便の後をを忠実になぞり、慣れないのにすり抜けで進行。

甲州街道ひたはしり

数時間がむしゃらに走り、ふとやたら人も車も多い駅の脇に来た。何気なくバイクを路肩に止め、信号の地名を見ると”新宿”とある。田舎もんの自分が”新宿”に来たという事で一人で感動。新宿駅を越え、更に直進するとあの有名な桜田門!脇にある警視庁24時でしか見たことの無い建物も見た。しかし今思うと甲州街道って白バイ多いな・・

都内の難解な車線区分で検挙されることも無く、日比谷通りで港区役所をかわし、迷い迷いて芝浦の埠頭へ。疲れがどっと出た。何せ長野を出てからのまず食わず、トイレにも行かずだった。

船だ

上屋の小笠原海運事務所で貨物の手続きをする。持ち込みの締め切りは15時までだったのだが、16時位になってしまった。しかし、問題なく受け付けてもらう、次の船に先送りされる事無く一緒に渡航出来る。

貨物運賃が1万ちょっと。、バイク好きらしい作業員が遠くから来たねと声を掛けてくれた。免許取立てで東京に乗り出してきた自分のバイクが彼の手で網で出来た”もっこ”に包まれクレーンで空中を飛び、明朝出港するおがさわら丸の船倉に沈められた。


ゆりかもめで竹芝に向かい、切符を買う。22570円也。

朝、迷うことの無いように竹芝にゆりかもめ一本で繋がる新橋に泊まる。



明日の今頃は・・・海の上だ!





















幕張の試験車、CB400.